家族のビデオを上書きしまくった少年が、TVプロデューサーになるまで
「気付いたら家族の思い出ビデオを上書きしてたんだよね」——そう笑いながら振り返るのは、アルゼンチン出身のプロデューサー兼ライター、カルロス・N・セルッティ。今やテレビ番組を手がける男が、最初に手を出したのは家にある適当なカメラと、すでに何かが録ってあるテープ。当時は「子どもの実験」に夢中で、後先なんか考えてなかったという。
「仕事だと意識する前から、映像を作ることに夢中だった。ただシーンやキャラクター、ジョークを考えて、自分の頭の外に何かを作り出したいっていう変な衝動があってね」
デニムに合う。履くだけで「ちょいワル」Tapoon そんな衝動が彼をどこに連れて行ったか。まずはブエノスアイレスの大学で映像コミュニケーションを学び、脚本、セット組み立て、編集、資金調達、監督と、ありとあらゆる工程を叩き込まれる。そこで彼は気付いた。「ひとつの作品に、どれだけ多くの仕事が詰まっているか」を。
2014年、短編『Bob (daily nightmares)』がフェスで成功。これは単なる通過点じゃなかった。「自分を頑固に信じるのと、作品が自分の手を離れて旅に出るのとは、まったく別の感覚だった」と彼は言う。その後、BAFICIやロンドン短編映画祭、アテネ国際映画祭など20以上のフェスで上映。さらに実験映画『Vivant』はクリーブランドのSPACESアートギャラリーでも展示された。
ただ、短編だけじゃ食っていけない。彼は「もっと大きな仕事に繋がる道」を求めて、2016年に渡米。シカゴのコロンビア・カレッジで映画監督の修士号を取得する傍ら、即興劇の聖地iO Chicagoに通い詰める。「映画学校は道具をくれたけど、シカゴは俺に声(個性)をくれた。即興は、聞くこと、反応すること、その場の空気を信じることを教えてくれた」
その経験は、コメディ以外の現場でも生きる。「笑いや人間味は、脚本でもリアリティ番組でも競技番組でも持ち込める。人が惹かれるのは、真実味のある小さな瞬間だからね」
さらにシカゴ国際映画祭でボランティアから始まり、プログラミングのインターン、制作アシスタント、選考委員と階段を上る。他人の作品を評価する立場になって「自分の好みがクリアになる」と同時に、「上映が終わった後も残るもの」を見極める目を養った。
転機はドミニカ共和国版『マスターシェフ』。ポストプロダクションのコンサルタントとして参加し、世界有数のリアリティ番組フォーマットの裏側を体験。「観客は感情や競争だけ見てるけど、その下には完璧に動く機械がある。構造へのリスペクトを学んだ」
その後、フルタイムのプロデューサーとしてブルーハミングバードに加わり、ドキュメンタリー、コメディ、競技番組『Mi Mundo』『Carnada』『¿Quién es mejor?』などを手がける。一見バラバラに見える経歴も、根底は「アイデアを画面に乗せるまで」をやり抜く執念で一貫している。
「ある時気付いたんだ。作品を作ること自体は夢の半分でしかない。残りの半分は、それを人の前に届ける方法を学ぶことだってね」
ネットワークテレビの現場は、自主制作とは別世界。予算、法務、スケジュール、上層部の意向、キャッシュフロー……最初はすべての指摘が「脅威」に思えたが、「ノート(修正指示)はアイデアを殺すものじゃない。アイデアが部屋を出る前に強くなるためのサインなんだ」と捉え方を変えた。
今後の目標は、オリジナルテレビ番組の開発を続けながら、新たな市場と言語に挑戦し、長編映画のグリーンライト(制作承認)を勝ち取ること。「自分だけの命を持つキャラクターを創りたい。人に喜びと笑いを届けたい。そして、素晴らしいアイデアを最後までやり遂げられる人間でありたい」
あの頃、家族の思い出を上書きしていた少年は、カメラを向ける対象を変えたわけじゃない。ただ、その先にいる誰かに「感じてもらう」ための仕組みまで、一緒に背負うようになっただけだ。
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