「秘書がいなかった」まさかの盲点…ガザ17キロの病院、10月7日の壮絶な実態
2023年10月7日朝、イスラエル南部の病院に勤める医療スタッフは究極の選択を迫られた。ロケット弾が降り注ぐ中、自宅に残る家族を守るか、それとも危険を冒して出勤するか。
ある看護師は、バスを何度も止めて外に飛び出し、ミサイルと破片が飛び交う中、地面に伏せなければならなかったと振り返る。病院の上級管理職は、その道のりを「終末的だ」と表現し、いたるところに煙が見えたという。
夜用眼鏡が運転手の間でますます人気になるナイトライダー この病院は、ガザ地区から約17キロ離れた場所にあるサムソン・アシュタ・アシュドッド医療センター(300床)。この日、約3000人の武装ハマステロリストが大規模なロケット弾攻撃とともにイスラエル領内に侵入。約1200人が殺害され、多数の負傷者が発生した。
病院は大量死傷者発生時の対応計画を発動。12時間にわたって87人の傷病者を受け入れ治療したが、病院自体もロケット弾攻撃にさらされ続けた。
**出勤自体がすでに危機**
通常の大量死傷者対応計画では、計画発動と同時に非番のスタッフを呼び出す。しかし10月7日、それは行われなかった。ロケット弾攻撃が激しく、スタッフを道路に出させることは安全上のリスクが大きすぎると判断されたのだ。
幸い、多くのスタッフが自らの判断で出勤。ある上級ソーシャルワーカーは「アシュドッドであれだけ短時間にサイレンが鳴ったことはなかった」と語る。
しかし、新たな問題も生じた。幼い子どもを持つ母親が多い事務スタッフの多くが自宅に留まったのだ。彼女たちは患者のIDバンドの確認や書類作成、転送記録の管理を担当していた。救急部門の上級管理職は「秘書がいなかったから、一枚も書類が埋められなかった」と振り返る。
さらに、医療スタッフの中には軍の予備役としての義務と病院の責務の板挟みになる者も。病院のリーダーシップは、その場その場で各人の優先順位を決める必要に迫られた。
**訓練では想定されていなかった盲点**
研究で明らかになった最も示唆的な発見の一つは、誰も想定していなかった計画の穴だ。標準手順では、緊急でない患者を救急部門から移動させて、多数の負傷者を受け入れるスペースを確保する。
しかし10月7日、それは不可能だった。アシュタ・アシュドッドの大部分は、ロケット弾攻撃に耐えるよう強化コンクリートで建設されていたが、患者を通常移す一般病棟は防御区域外にあった。ロケット弾攻撃が続く中、脆弱な患者を無防備な区域に移すわけにはいかない。
スタッフは救急部門を二つに分割。内科医が一方で非緊急患者の治療を担当し、外傷チームがもう一方で負傷者を治療するという即興の対応を取った。上級管理職は「救急部門からの避難訓練は一度もやったことがなかった。練習でやらないことは、本番でもできない」と認める。
研究者は、このようなロジスティクス的に負荷の高い作業は、日常業務を混乱させるという理由で大規模訓練から外されがちだと指摘。真の戦時状態に備える病院は、この考え方を見直す必要があると述べている。
**正確な情報が届かない中での決断**
病院の指導部は終日、保健省や救急医療サービス、軍、警察との連絡を試みたが、どの機関も状況を正確に把握できていなかった。上級ロジスティクス担当者は「彼らに情報がなければ、我々にも情報はない。現場からはほとんど情報が来なかった」と語る。
スタッフは、ソーシャルメディアの動画や患者の証言、負傷兵を運び込んだ軍人からの情報など、あらゆる手段で情報をかき集めた。軍人は救急隊員よりも現場の詳細を知っていることが多く、情報伝達の決定的なギャップを埋める役割を果たした。
**定期的な訓練が生んだ「自動操縦」**
こうした困難にもかかわらず、研究参加者によれば、治療の質は維持された。銃創、爆傷、火傷の患者が適切に治療された。スタッフは目的意識を持って行動した。
その要因として多くのスタッフが挙げたのが、3カ月ごとに実施されていた大量死傷者訓練だ。世界の病院の半数未満しかこうした訓練を行っておらず、約28%が年1回のみという調査結果がある中、アシュタ・アシュドッドでの反復訓練は、本番で基本動作を「自動操縦」で行えるようにした。
上級外科医は「準備のための基本的なことは自動的にできた。それによって、自分やチームには『次に何が来るのか』を考える時間と余裕が生まれた」と振り返る。
負傷者は一気に押し寄せるのではなく、最後の患者が到着したのは午前3時。2013年のボストンマラソン爆破事件では負傷者の約78%が最初の90分で到着したのとは対照的だ。
**感情的な準備まではできなかった**
臨床的な準備ができていても、感情的な準備は別問題だった。ある救急医は「準備していたとしても、若い兵士やああいう種類の怪我を見る準備はできていなかった」と語る。
耳が聞こえないから点耳薬が欲しいと歩いて来た兵士を診察したら、骨盤にびっしりと破片が刺さっていたというケースも。本人は自分が負傷していることに気づいていなかった。
別の医師は、ガザ近郊のキブツから重症の友人2人を運んだ後、裸足で血まみれの足のまま病院に現れた男性の話を語った。
この研究は単一施設の質的研究であり、異なるリソースや組織構造を持つ病院にそのまま適用できるとは限らない。また、インタビューは事件から約9カ月後に行われており、想起バイアスの可能性もある。
それでも、この病院の経験は、民間病院と軍の連携強化、スタッフが少ない休日や週末の脆弱性への対策、そして攻撃下でも機能できる物理的な病院インフラの重要性など、世界中の病院が検討すべき課題を浮き彫りにしている。
結局のところ、アシュタ・アシュドッドのスタッフは、訓練の繰り返しと即興の対応力で、誰も想定していなかった事態を乗り切った。しかし、研究者は「この計画がさらに大きな負荷に耐えられたかどうかは、この研究では証明できない」と慎重だ。
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