時差ボケで腸内細菌もやられる? アスリートを襲う「腸の時差ボケ」の衝撃
プロのアスリートにとって、最大の敵はライバルやケガじゃなくて、実は飛行機の旅そのものかもしれない。そんな驚きの説を唱えたのが、ポーランドのヴロツワフ医科大学の研究チームだ。彼らが専門誌『Nutrients』に発表したナラティブレビューによると、長距離移動がもたらす時差ボケは、体内時計を狂わせるだけでなく、腸内の細菌叢(そう)にも大混乱を引き起こす可能性があるという。
まず、時差ボケの影響は睡眠だけにとどまらない。体内のマスタークロックが狂うと、ホルモン分泌や免疫活動、エネルギー代謝にまで波及。特に東向きのフライトは厄介で、サッカー選手を対象にした研究では、到着後なんと5日間も睡眠が乱れ続けた例が報告されている。さらに、11年分のスーパーラグビーデータを分析したところ、約12のタイムゾーンをまたぐ東向きの移動をしたチームには、明確なパフォーマンス低下が見られたそうだ。回復スピードも西向きが1日あたり約1.5時間なのに対し、東向きは約1時間と遅い。
夜間運転用メガネが今ドライバーに急増中ナイトライダー 問題はここからだ。研究者らは「腸の時差ボケ(gut jet lag)」と呼ぶ現象を指摘する。腸内に住む何兆もの微生物たちも、食事や睡眠のリズムに合わせて活動している。ところが時差でそのパターンが乱れると、微生物のコミュニティーもバラバラに。腸壁の透過性が高まり、細菌やその代謝物が血液中に漏れ出して軽い炎症を引き起こす可能性があるという。まだアスリートでの確証はないものの、旅行者267人を対象にした調査では、61%の参加者で腸内細菌の多様性が低下していた。特に抗生物質を使った人で顕著だった。パイロットを対象にした別の研究では、フィットネスインストラクターと比べて有用な細菌が少ない傾向も見られた。
では、腸内細菌の乱れがアスリートにどう響くのか。鍵を握るのは「短鎖脂肪酸」だ。善玉菌が食物繊維から作り出すこの物質は、筋肉のエネルギー源になるほか、ブドウ糖の取り込みを助け、脂肪燃焼を促し、高強度運動の燃料であるグリコーゲンの貯蔵にも関与する。マウスの実験では、腸内細菌を持たない個体で筋肉量が減り、燃料の貯蔵が損なわれた。また、持久系アスリートの腸内細菌をマウスに移植すると、グリコーゲン貯蔵量が増えたという。人間でも同じことが起きるかは研究中だが、移動でこれらの細菌が乱れれば、選手が重要な代謝サポートを失う可能性は十分に考えられる。
さらに、移動そのものが腸にダブルパンチを食らわせる。脱水、激しい運動、暑さによるストレスは腸への血流を減らし、腸壁を弱らせる。加えて、移動中は加工食品が増え、生鮮食品が減り、不規則な時間に食べることになる。これらすべてが腸内細菌を悪い方向に傾ける要因だ。
研究チームは対策として、タイミングを計った明るい光への曝露、東向きフライト後のメラトニン摂取、現地時間に合わせた食事、プロバイオティクスやプレバイオティクスの補給、十分な睡眠と水分、食物繊維を提案しているが、アスリートでのエビデンスはまだ限られている。
オリンピックの競泳データを分析したところ、最も速いタイムは午後5時12分ごろに出ており、午前8時と比べて0.32%も速かった。この差は、レースの40%で金と銀の差を上回るという。時差ボケが静かにアスリートのパフォーマンスを削っている可能性は、もはや無視できない。競技カレンダーが過密化する中、旅と体内時計と腸内環境の関係は、スポーツ科学の新たなフロンティアになりそうだ。
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