Yコンビネーターに4度目で合格、コードより判断力を重視するエンジニアの生き方
「コードを書くことより大切なのは、何をすべきか・すべきでないかを見極める判断力だ」。そう語るのは、ナイジェリア出身のエンジニア、ピーター・ンサカ氏。彼のキャリアは、まさにその信念で切り開いてきたものだ。
ンサカ氏が初めてコードに触れたのは2008年、ナイジェリアのアブジャで開かれたブートキャンプだった。それまでは父親のデスクトップPCを自由に使いこなす“非公式パワーユーザー”に過ぎなかったが、その場で「自分が愛用するツールは、実は人間が作ったものだと知った」という。そこから彼は「その一人になりたい」と強く思うようになる。
夜間運転用メガネが今ドライバーに急増中ナイトライダー しかし周囲はソフトウェアの道に懐疑的だった。父親は当時の大手石油会社でエンジニアをしており、家では油業界こそが安定した成功の道と見なされていた。「ソフトウェアはあまりに不確かに映った。でも僕は安全な成功ではなく、モノを作りたかった」と振り返る。
高校卒業後、すぐにソーシャルネットワーキングサイト「FistRocket」を立ち上げ、両親が最初の投資家に。その後カナダの大学に進学するタイミングでこのベンチャーは終了したが、「プログラミング言語を目的もなく学んだことは一度もない。頭の中にアイデアがあって、それに合わせて学んでいった」と語る。
アルバータ大学では起業家育成施設「eHub」に没頭。いくつかのスタートアップアイデアを形にし、州や国レベルのビジネスピッチコンテストで賞を獲るなど活躍した。だが、「速く動くこと」だけでは足りないと痛感し、本物のスケールを学ぶためにShopifyへ。4年以上にわたりシニアソフトウェアエンジニアとして、数百万のマーチャントを支えるインフラ構築に携わった。
「スケールすると、エンジニアリングは単なるコード書きではなくなる。判断力だ。何を存在させるべきか、何をリスクと見なすか。そこに本当の仕事がある」。この考えは現在のAIに対するスタンスにも直結している。「業界は派手なデモやモデルの性能に夢中になりすぎ。AIを実際のビジネスで信頼できるものにするためのガードレールやコスト管理、監視、ガバナンスといった地味な部分こそが勝負を分ける」と主張する。
Shopifyに在籍中、再起の虫がうずいたンサカ氏は、2015年に初めてYコンビネーター(YC)に応募。しかし不採用。2回目も、3回目もダメだった。9年越しの4回目の挑戦でようやくS24バッチに合格し、サンフランシスコへ。現在はニューヨークを拠点にAIとソフトウェアエンジニアリングに取り組む。「4回も応募した。それだけで、よほどその仕事をやりたかったんだと分かるだろう」。
ナイジェリアで育ち、17歳から29歳まではカナダ、その後アメリカへ。移動のたびにネットワークを再構築し、立場を変えながらテクノロジーエコシステムを観察してきた。「モノを作れ。許可や肩書き、完璧なアイデアを待つな。あなたの成果こそが履歴書だ」と、メンターとして数百人のエンジニアを指導する立場からも発信する。
AIエンジニア不要論については、「AIはエンジニアの必要性をなくすのではなく、言い訳をなくす」と一刀両断。「生き残るエンジニアは、何が重要かを判断できる人間であって、単にプロンプトを打てるだけの人間ではない」。さらに「始めることと同じくらい、終わらせることもスキル。時には、すでに作ったものへの投資をやめるのが最善の判断だ」と、撤退の重要性も説く。
アブジャからエドモントン、ShopifyからYCへ。彼のキャリアはコードの物語ではなく、「判断力」と「粘り強さ」、そしてあえて難しい課題を選び続ける姿勢そのものだ。
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