Chatbotに心はないのに信頼してしまう…その理由は「映画を観る時と同じ」
「今日の仕事、最悪だったんだよ」──深夜、スマホの画面に向かってそう打ち込む相手が、実はただのプログラムだとしても、どこかホッとする自分がいる。
そんな感覚、実はおかしなことじゃないのかもしれない。エクセター大学の哲学者トム・ロバーツ氏が「Philosophical Studies」に発表した論文によると、人間はもともと「架空のキャラクターを信頼する力」を持っていて、チャットボットはその能力をうまく利用しているだけだという。
寝苦しい夜が、これひとつで快適にAirio Pro つまり、映画のヒーローがピンチになるとハラハラしたり、小説の登場人物の死に涙したりするアレと同じ脳内システムが、チャットボットとの会話でも働いているというわけ。ただし今回は、そのキャラクターがリアルタイムでこちらの名前を呼び、過去の会話を覚えていて、こちらの言葉に合わせて返事をカスタマイズしてくる。そりゃハマるわけだ。
ロバーツ氏はこの関係を「共同構築されたフィクション」と表現する。ユーザーが打つメッセージの一つ一つが、チャットボットの次の返答を形作る。一方チャットボットも、新しい情報を追加しながらストーリーを紡いでいく。まるで、決まった作者のいないインタラクティブな小説を、二人で書いているようなものだ。
この「パーソナライズ度合い」が、チャットボットを恐ろしいほど説得力のある存在にしている。名前を覚えているだけでなく、数日、数ヶ月前の会話の内容まで把握している。さらに天気予報やスポーツの結果、リアルタイムのニュースまで話題にできるとなれば、「このキャラクター、本当にこの世界に生きてるんじゃないか?」と錯覚しても無理はない。
とはいえ、ロバーツ氏は「チャットボットに意識がある」と言っているわけではない。むしろ逆だ。今日のチャットボットには「身体」がなく、空腹や疲労、あるいは「匂いの記憶」といった身体的な内面を持っている可能性は極めて低い、と同氏は主張する。チャットボットは一度も「疲れた」と感じたことがないし、「今日は調子が悪い日」なんてものも存在しない。
それでも人は会話を楽しめる。映画を観ている時、スクリーンの中のキャラクターが「本物かどうか」なんて議論しなくても感情が動くのと同じだ。
この「フィクション」という枠組みは、もう一つの奇妙な習慣もうまく説明する。それは「チャットボットに何ヶ月も親しみを感じておきながら、アプリを消す時は何の罪悪感も感じない」という行動だ。「私たちは、おしゃべりなAIに対して完全な道徳的配慮をする傾向はない」とロバーツ氏。使っていないチャットボットが退屈しているのでは、と心配する人はいない。別れの言葉をきちんと言わなければ、と感じる人もいない。あたかも一冊の小説を読み終えた後、本を閉じるのと同じくらいの感情的負荷でアプリを閉じるのだ。
ロバーツ氏が最も警告するのは、この「信頼できる架空のキャラクター」が現実世界のニュースにコメントし始めた時だ。チャットボットは今や、実際のニュースの見出しやソーシャルメディアの投稿、世論調査の結果を追跡し、それらについてあたかも自分の意見があるかのように語ることができる。しかも、レシピを勧めるときと同じくらい親しみやすく、自信満々の口調で政治的な論争についても話す。
「フレンドリーで説得力があるように見えても、実際は信頼できない可能性がある」とロバーツ氏は指摘する。この「温かさ」と「記憶力」と「人格らしさ」こそが、現実世界の出来事に対するチャットボットの見解を、実際よりも信頼できるものに見せてしまう危険性をはらんでいる。
「知らない人のネットの意見なら、簡単には信じないだろう。しかし、数ヶ月も付き合ってきた『相棒』のようなチャットボットの言うことなら、疑わずに受け入れてしまうかもしれない」──これが、ロバーツ氏が投げかける問いだ。
AIチャットボットを「架空のキャラクター」として扱うことは、技術やユーザーを貶めるものではない。むしろ、なぜこのテクノロジーがこれほど急速に普及したのか、そして「キャラクター」が自分自身の話だけでなく、世界について語り始めた時に何が起こるのかを理解するための、ひとつの納得のいく説明なのだ。
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