チューリングが遺した未完の小説「Pryce's Buoy」、70年ぶり全文解読
「チューリングと言えば、ドイツ軍の暗号を解読し、現代コンピュータの基礎を築いた天才数学者。ところが1952年、当時は違法だった同性愛行為で有罪判決を受け、人生が一変したのはあまり知られていない。その直後、彼はあの出会いを題材にした短編小説を書いていた――しかも誰にも見せることなく。」
英ケンブリッジ大学のサラ・ディロン教授が『Review of English Studies』に発表した論文で、チューリングが書いた「Pryce's Buoy」というタイトルの手書き原稿6ページが初めて全文転写・文学分析された。この原稿はキングス・コレッジ・アーカイブに70年間眠っていたものだ。
デニムに合う。履くだけで「ちょいワル」Tapoon 物語は1951年後半、マンチェスターでチューリングが若い男性と出会い、それが起訴につながった場面をドラマ化している。ただし断片は逮捕の手前、登場人物たちがランチをとるシーンで「Ron wouldn't」という言葉でプツリと途切れている。ディロン教授は「本来はもっとページがあったはず」とみている。
チューリングは1952年初め、友人ノーマン・ラウトレッジへの手紙で「今、自分はいつも可能性があると思っていたトラブルに巻き込まれた。確率は10対1くらいで考えていたが。若い男性との性的違反の罪で有罪を認めるつもりだ。どうやって見つかったかは長くて魅力的な話で、いつか短編小説にしなきゃと思っている」と書いていた。そして実際に書いたのだ。
主人公は「アレック・プライス」という同性愛の科学者で、彼の発明「プライス・ブイ」はチューリング・マシンの代役。相手はロン・ミラーという金に困った失業中の若者で、金銭と引き換えに体を売って生きている。原稿には消し線や修正跡があり、推敲の跡が生々しい。
特筆すべきは、チューリングが二人の視点を切り替える高度な技法を使っている点。アレックがロンに声をかける勇気を振り絞る内面、そしてロンが見知らぬ男を値踏みする内面――ディロン教授は「見せびらかしではなく、両者の立場と失うものを描くため」と分析する。
さらに興味深いのが、アンガス・ウィルソンの1952年の小説『Hemlock and After』との類似だ。ウィルソンは戦後イギリスで最も重要な同性愛作家で、その作品は同性愛を率直に描いていた。ウィルソンの作品では、労働者階級のロンが裕福な男に「ライターある?」と声をかける。チューリング版ではロンが「タバコある?」と聞く。場面構成も視点切り替えもそっくりで、ディロン教授は「インスピレーションを超えた直接的な借用」と指摘する。
チューリングは有罪判決後、刑務所の代わりに強制的なホルモン治療を受けていた。ディロン教授は「彼は本を通じて自分を理解する習慣があり、逮捕後はそれを文章に拡張した」とみる。
原稿は1952年半ばから1954年の死までの間に書かれたと推定されるが、正確な日付は不明。ディロン教授は「1952年末か1953年初め」と推測するが、あくまで推測だ。チューリングは1954年6月、41歳で死去。誰もこの小説を完成させたかどうかは知らない。
残されたのは、20世紀最高の頭脳の一人が、自分に起きたことを理解しようと内密に綴った、ほんの断片。それでも、そこには彼の痛みと、文学への真摯な挑戦が刻まれている。
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